運転の現場で感じる、高齢化が進む社会の怖さと向き合い方

生活
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先日仕事中に、とある駅の踏切を通った時のことです。

踏切の手前に差し掛かると、カンカンカンカンという警告音が鳴り響き、踏切が閉まり始めました。

私の車両の前には5台ほど車が連なっています。

ぼんやり降りてくる遮断機を眺めていると、線路の奥からこちらに向かって踏切を渡ってきていた高齢男性がいました。

お年寄りなのでゆっくり歩いていたため、踏切を渡り切る前に遮断機が降りてしまいました。お年寄りは遮断機の手前まできていましたが、踏切をくぐることもなく、遮断機の手前(線路ぎわ)で立ち止まって動こうとしません。

誰か踏切の外に出さないと危なくない? と思っていると、遮断機を挟んだすぐ前に高齢の女性が線路の方を向いて立っています。

男性を引っ張り出すとか、遮断機をあげるとかするかな、と思っていると、高齢女性も男性と同じように前を向いて、お互い遮断機を挟んで向かい合ったまま立っているだけ。

踏切から2台目に止まっていた社用車から危険を察知した中年男性が飛び出してきて、遮断機を押し上げて高齢男性を引っ張り出してことなきを得ましたが、

なんとも恐ろしい光景でした。

仕事中、危ない行動をとる高齢者を見かけることが多くなった

運転の仕事柄、毎日運転をしていて最近なんとなく感じるのは、危ないなぁ、と思う高齢者が増えたということです。

例えば買い物をした商品を入れたカートを引きながら、歩道ではなく車道を歩いている高齢者。

カートを引く腕力が落ちているので、でこぼこやちょっとした段差の少ない車道を歩いていると思われますが、

車道をフラフラと歩かれると危ないし怖い。

足が悪いからでしょうが、最短で移動したいのか、横断歩道ではなく車が来ているにも関わらず、車道をよろよろと横断する高齢者も見かける時があります。

高齢化が進みつつある今、今後このような高齢者が増えると、交通に支障が出ることが非常に増えてくるのではないかと危惧してしまいます。

数字で見る日本の超高齢化

日本は世界で最も高齢化が進んだ国の一つです。現在の主要なデータは以下の通りです。

  • 高齢化率(65歳以上の割合):約30%
    • 国民の3.3人に1人が65歳以上という計算です。
  • 高齢者人口:約3,600万人以上
    • 日本の総人口が減り続ける一方で、高齢者数は過去最多水準です。 
  • 2025年問題の真っ只中:
    • 2025年に、いわゆる「団塊の世代」が全員75歳(後期高齢者)に達しました。

父親が免許返納した話

私の父は2年前に免許を返納しました。年齢は75歳の時です。

1番のきっかけは借りている駐車場に車を止めようとして、アクセルとブレーキを踏み間違えたのか、急加速して車止めを乗り越えて後ろに止まっていた車に突っ込んだからです。

幸い怪我人はおらずに済んだのですが、もしもスーパーやコンビニの駐車場だったらと考えるとゾッとします。

父だけでなく、高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違えや、高速道路の逆走などの話は昨今よく耳にします。

高齢化の進んでいるこの時代、免許更新の認知機能検査の厳格化だけでは、もう限界がきていると感じます。

免許の取得には18歳という下限の年齢制限があるのですから、上限の年齢制限を設けるという議論が、もっと真剣に行われてもいいのではないかと感じています。

私は運転という仕事についていますが、50歳を目前にして色々な面での衰えを感じ始めました(夜などの暗い道の運転は特に見えづらくなった)。

定年は65歳ですが、理想をいうと55歳あたりで運転の仕事は辞めたいな、と考えています。

理想はFIRE(経済的自由を手に入れる)して悠々自適に暮らしたいのですが、まあそれが可能かどうかは置いといて、現実的に気力も体力も歳を重ねるごとにキツくなっています。

歳を重ねるごとにリスクが高くなっている実感を覚えるのです。

全ての車に“その時点で最高の安全装置”を

科学技術の進化とともに、車に安全装置も搭載されるようになってきました。

ただ、あくまでも運転を「補助」する装置であり、どこまで効果があるのか疑問に感じる部分もあります。

現在では高額な車になるほど高度な安全装置がついています。

ですが車という存在は、便利でもあるが、一歩間違えたら凶器にもなる、という両面を持っている以上、

すべての車にその時点で最高水準の安全装置を搭載するべきではないかと、私は思ってしまいます。

もちろんコストの問題もあります。

そのために国が補助金を出すなど、頭のいい人々が知恵を絞り、人の命に関わるものである以上、
すべての車に凶器としての側面を減少させる対策が必要なのではないかと感じるのです。

終わりに:誰もが被害者にも加害者にもなる可能性のある問題

踏切で立ち尽くしていた高齢男性の姿、免許を返納することになった父の事故、そして、日々ハンドルを握る中で感じる自分自身の衰え。

これらは決して、「他人事」や「一部の高齢者の問題」ではありません。

誰もが歳を重ね、判断力や反射神経が少しずつ落ちていきます。
それは避けられない現実です。

どこか1つに責任を押し付けるのではなく、視点を少し広げる必要があるのかもしれません。

だからこそ、

  • 個人にすべてを押し付けない
  • 制度だけに頼らない
  • 車を作る側、使う側、社会全体で考える

そんな視点が、これからますます必要になるのではないでしょうか。

運転の仕事をしている1人として、そしていずれ「運転する側」から「運転をやめる側」になるかもしれない1人として、
これからも考え続けていきたいと思います。


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